前向きの憂鬱

京都在住。ふとした激動を大事に。観光シーズンには観光地の紹介もします。

理想と現実~清明神社~


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人間というものはいつも理想と現実の乖離が激しい。しかも多くの人々がその事実に気付いていないことが多い。

特に人間は力というものにはものすごく反応する。力は自分が持っているものより大きく見せたいというのが人間に願望であり、それは見えないものほど誇張したくなるものである。

安倍晴明も映画では華やかな呪術を使って様々な怨霊や敵と戦うシーンが描写されているが実際はそんな目立つ存在ではなかった。

確かに安倍晴明陰陽師として天文学を駆使し、藤原道長から信頼されるほどの実力を持っていた。その頭の良さから様々な官職にも抜擢され、要所で活躍したことも歴史で明らかにされている。しかし、安倍晴明は現実そこまで注目を浴びるほどの人物ではなくかなり地味あり、陰陽師の逸話も当時彼らの力が大きかったためと推測することもできる。人々の前世や予言、結界、呪術からの守護など、、、、、

 

それは現代では超能力のような描写として映画、そしてゲームに表れている。本来注目されるほどの人物でなかったにも関わらずなぜここまでのカリスマ性を持つようになったのかを私なりに考えてみた。

科学の発達によって現代では呪術の持つ意味はほとんど失われている。それは時代が進むにつれてさらに加速していくに違いない。しかし、本当にそうであろうか。おそらく安倍晴明のカリスマ性は、陰陽師という人の心を安堵させる職業からきているものだと思う。病気になったときに祈祷をするのは、人に直すという意識を持たせるためであり現代でも精神力で寿命を延ばす人は少なくない。天候回復も天文学的推察からそのタイミングで祈祷を行うことで人々を安堵させることだと思う。つまり、陰陽師の精神とは、自分たちが人に安心感を与えさせることが第一でありそのために呪術といわれるものを使っていたのではないかと考えられる。そう考えれば安倍晴明の精神が今になっても人々の心に生き続けていることに納得がいき、そのカリスマ性もいなずけるところである。

現代でこそ魔法使いのような扱いを受けている安倍晴明だが、この人物が行っていたことが誠かインチキかといえば本質的には本物であることは間違いない。安倍晴明がどのような性格だったかでは知らないが、彼がどのような理由であれ、陰陽師として活躍していたことは捨てがたい事実であり、それは尊敬されることであると私は思う。

もし安倍晴明に興味がある人はこの清明神社に立ち寄ってほしい。様々なゆかりをうかがうことが出来る。