心の日記

京都在住なので京都のネタを書く。

私は京都バスが嫌いだ

私はバスが嫌いだ。特に京都のバスは一番嫌いだ。しかし、京都で観光するためにはバスは必要不可欠であり、使わないということは自分で自分の首を絞めることとなる。

京都のバスは日本で一番利用客が多く、たくさんの路線が通っており、とりあえずバスに乗っておけば目的地についてしまうなんてこともある。しかも一律230円で広い京都市内を観光でき、一日乗車券などで乗り放題にすることもできる。京都ほどの観光都市で交通バスが発達していると必然的に車を使わなくなり、自分の足で歩いたほうが効率がいいという考えになる。

しかし、バスというものは人々を一瞬で不幸に陥れる。それは時間帯がどうであれ、人々を不幸にするのだ。特に京都のバスは・・・・・

 

京都のバスを利用するのは観光客が多い。これらの人たちは様々な地域から訪れている。同じ日本人といっても違う気質を持っているため、何か合わないと気を遣うことになるのだ。また厄介なのはそこに外国人が絡んでくることだ。まったく違う遺伝子、文化で育った人間に逆に気を使わなければいけないということもある。最近でこそ減ったが、中国人のバスの中で話す大声はまことに迷惑なのだがそれを注意せずに空気を読み取れをという日本人の気質が通用しないことは、どうしようもないことである。しかも電車と違いあの密閉空間では余計矛盾が心の中に生じるのである。

 

 

 

 

私はバスで老人とケンカをしたことがある。京都の大原行のバスはそれはとんでもない人の数でさしずめ状態だった。すると私の右隣の老人が急に「押すな!」と怒鳴ってきたのだ。確かに私は何度かバスに揺られて老人を押してしまったのかもしれないが、そんなことはいくらでもあるし、周りを見て状況判断をすれば許容できる範囲のはずである。しかし、バスは判断能力を鈍らせ、普段なら怒らないことでもカッとさせてしまう恐ろしさがある。この老人もバスでストレスをため続け、最後に自分が無意識に当たったことを許容できなかったのだろう。

 

それでも京都はバスを使わないといけない観光地が数多く存在する。京都でできるだけ多くの観光を楽しむなら必然的にバスを使わなくてはならない。しかし、正直観光地で楽しめたとしても、バスの劣悪な環境で心を汚染されると楽しさは相殺される。

京都という町は魅力的だ。事実1100年もの歴史が如実に再現されている町など世界でもそうなく、さらに日本にしかない景観が人を釘付けにする。しかし、観光都市で人が増えると、リフレッシュの名目はマイナスに働きやすい。京都バスはまさにその象徴である。