心の日記

京都在住なので京都のネタを書く。

三箇日を避けて伏見稲荷へ ~初詣の独り言~

全く、人が多すぎます。正月の伏見稲荷は本当に人が多いです。特に三箇日なると写真のように身動きすら取れない状況に陥ります。今年は伏見稲荷に行ってきましたが、三箇日に行くのは気分が悪くなりそうなので、少し日を開けて一月七日に行ってきました。

 

京阪伏見稲荷駅から本社に続く道はやはり人が多いです。三日に神戸に行った時よりは少なかったですが、それでも歩行スピードを上げられません。

本社の鳥居前(JR稲荷駅前)です。本殿に向けて市が道の幅を狭め、正月の風物詩といわんばかりに主張を強めています。おかげでえっちらおっちらと足を痛めたかのようなスピードで歩くこととなりました。

朱色の三門が見えました。ここまで来るのに10分ほどかかりました。単純に気疲れしました。それでもこの山門を見ると初詣に向かての心構えを自然と心の中の自分が行うのです。本殿の写真は撮り逃してしまいました。本殿は幅が狭くないので、比較的回転良くお参りすることが出来ました。賽銭を入れる際、私は手元に500円玉しか持っておらず、しまったという表情を浮かべながらも、金色の輝く硬貨には何か縁があるのではという勝手な仮説を立て、今年の守り神の一つとして機能してもらうのと引き換えに500円玉は賽銭箱に吸い込まれていきました。私は願いを聞き入れてもらえてことを自分の中で仮認識し、そのまま千本鳥居へ向かうこととしました。

 

千本鳥居に入りました。しかし、何回来てもこの仰々しい鳥居の主張にはなれません。まるで神様の加護を受けているかのように見せかけて自分たちが偉大であると誇張しているかのような、そんな印象を受けます。信仰心の欠片欠片しかない印象を受けても人々はそのブランド物をひたすらに写真に収めます。インスタ映えでもしそうなので納得いくところですが、信仰という部分では明治神宮のように気を整備し、神域っぽくしてもらいたいところです。

しかしまあよくこんなに鳥居を置くことが出来るなあと思うばかりです。鳥居を置く作業と考えると重たい上にその作業を何回もしなくてはならないなんて、ねじ工場で不良品を見分ける単純作業が苦手な私にとって考えただけでも気が遠くなります。まあ、その作業をしてくださる人がいることで、多くの観光客を集客できているのでしょう。

山頂までは約一時間、往復で二時間ほどかかります。途中にお食事処があり、休憩することが出来ます。そして山頂からは、このような下々を見下すような景色を拝むことが出来ます。しかし、下々を見下ろして満足せずに右奥階段を登って一ノもお参りしてくださいね(笑)