前向きの憂鬱

京都在住。ふとした激動を大事に。観光シーズンには観光地の紹介もします。

万物がすべて

世の中にはすべて万物の原理でできている。

 

成功者はこの万物の流れの源にいる。それは循環の中で雨となり上流の清水に還元される。 源はいつでもきれいである。そしてそれを作るものは、いわゆる天才である。天才が流した源が秀才によって飲みやすいように加工され再び流される。そして凡人はそれを拾い消費して下流に流し、また万物は天才の動力源となる。

絶望の仕組みである。いまどうやってこの上流に這い上がるかを模索している。

バイトをやめた

 四月、私はラブホテルの清掃を始めた。そこの人たちはお互いが思いやり、助け合い、みんなが人のことを見ていた。面接を済ませ、初めてのバイト。思ったほど難しくもなく、適当に流してもある程度のことはできる。始めは天職だと思っていた。

 しかし、一つだけ気がかりなことがあった。それは社員のTさんと会話したところである。これは一部だが、

「君に関しては何も心配していない。アルバイトは宝からだと思っているし能力の高い君を失うのは惜しい。だからやめるのだけはやめてくれ。」

「もう一つのバイトも辞めればここのシフトを確保するし、できればやめてもらうことも考慮してほしい。」

最初は自分の立場が保証されていると思っていた。しかし自分のことをそれなりにも評価してくれていると感じると同時にその会話には表面的なものしか感じず、違和感を覚えた。

仕事に順応し始めた5月、バイト内で何かがおかしいと違和感を覚え始めた。それは明らかにTさんがメイキングの人たち(自分よりも年上)と会話していないことであった。業務の会話はきちんと行っているが、肝心のシフトの会話や根本的な人としての会話が行われていない。シフトを見ても勝手に希望日以外のシフトを入れたり、一方的に指示を出したり、何かから逃げているようなそぶりを見せていた。そして五月の後半ごろ、Yさんが「ビジネスホテルでバイトを始めたからシフトを減らす。」といったことにも違和感を覚え、Tさんと何らかの関連性があると思った。

 そして六月、Tさんからよびだしをくらい、「シフトを増やせないか?」といってきた。この時誰が辞めるのかを聞いたが、その名前にはYさんをはじめ三人も上がっていた。違和感はどんどんと濃くなっていく一方である。そして僕はこのころ、年上の同じ時期に入ったDさんと仲良くなった。Dさんは僕に心を開いてくれたため、徐々に態度が僕の違和感と同じものになっていた。「この人はいつかやめる。」と直感で思った。

そして七月、人がどんどんとやめていく中で僕はDさんから様々な話を聞いた。その話ですべての点が線になってつながったと同時に、絶望と憎悪が沸き上がり、この職場に未来はないと思った。

 

 

運命について

暑い暑い季節に突入しつつある京都。碧が目立ち、人々も半袖になりつつある。

最近思うことは運命とは決まっているものなのかということである。他の様々なブログを読んでみて、やれ運命は90%は決まっているとか思想一つで崩せるとかさ精神論じみたことしか書かれてない。

よく考えれば、運命を科学しようということも現状難しい。今のところ、運命はスピリチュアルな非科学として位置づけるしかないのである。

小学校はあまりよくない過程をたどった。人に暴力をふるい、その反動で仲間外れを受けた。しかし最後の小学六年生でいい先生と出会い、楽しい学校生活を送ることだ出来た。

中学生は成績が悪く志望校合格にほど遠かったが、母の勧めで通った塾のおかげで成績が上がり、志望校に合格する子が出来た。

高校生の時も学力的には全くだったの日も関わらず、なぜか指定校をもらうことが出来た。

運命で考えると、自分の人生はかなりイレギュラーであり最終的には最高の結果になっている。しかし、それはすべて自分で切り開いた道ではない。

大学も卒業し、これからは自分で道を切り開いていくしかない。一見不安に見えるが見えないものに自分から触れていく訓練をすればいいだけである。あと何年かかろうが知ったことじゃない。私は自分の道を切り開いていく。

六月四日 

ゴミみたいな人間関係を続けてバイトをしたいと思わないこのころ。

億万長者を夢見て時間という自由を確保するためにフリーターになった。しかし、時間の自由があっても、その時間を人間関係に悩むことに使ってしまうことが多い。しかし、まだ考えられる分ましである。会社員になったらただの人形と化してしまい、人間として終わってしまうことは確かである。

確かに会社員として働く方が世の中いろんな人間関係を学び、人として成長できる・・・・。こんなことを言うのはよくないが、私はどこか他人と違うと常に感じてきた。これは自慢でもなんでもなく常に違和感を感じ、周りからも少し敬遠されてきた自分の経験である。言いたいことが伝わらずに馬鹿にされたこともあった。最初から結論が見えてるのに、それについて議論するばかばかしさもどこかで覚えることもあれば、過程が分からず、話についていけないこともあった。小学校の時から感じていた違和感は高校生になって思考回路の違いとして具体化された。この思考回路の違いは一生ついて回るものだと思う。

だからこそ今までやってきた人間関係の調整ははっきり言って無駄なものであるとまではいかないが、自分を成長させてくれるものではない。先日とある方の助言を受けたが、それももって半年が限度だろう。自分を殺さずに一人で道を切り開いていく難しさは計り知れない。でもまだ自分のことを気にかけてくれる理解者が数名いるだけでもそこが帰れる場所であると考えると、幾分幸せかもしれない。助けてくれとは言わないが、見守っていてほしい。

こんばんは

新たな一日のスタートです。昨日ははバイトに行って帰ってきましたが、嫌みでしか対応できない人にストレスを覚える自分の弱さに腹が立ちました。まあそんなことではメンタルコントロールなど夢のまた夢ですから、ストレスを記憶して解決しようと思います。

しかし、感情などというものがあるから余計なことを考えたりしてしまうんでしょうね。諸刃の剣をちょっとづつ使い分けていくしかありません。

 

fxを始めて

最近fxを始めたがどうやら集中力がもたない。何が原因か考えたが、間違いなく原動力がないからである。

その原動力とは、内から沸き起こる情熱というものらしい。確かに心当たりがある。常に自分の行動は、先に未来が設定されており、そこに向かって必要最低限の工夫をしていた。

高校合格ラインの勉強を必要最低限して入学、大学に入るため指定校というものを使いできるだけ勉強の労力を避けた。常に物事にそそぐエネルギー量を直感で計算し、できるだけ怠けようとしていた意識があった。

だが最近、これは怠け癖ではないとわかった。自分がこの程度の情熱しか注げない物事であるり、本当に情熱を注ぐことが出来るものに出会えてないということである。そしてそれは出会いに行くものではないということが分かった。

これからfxというものに自分の情熱をどのようにして合致させるかがカギとなってくる。しかし、この情熱の正体に私は気づいていない。だからここからはうちから湧き上がるものを具体化させるためにブログを書こうと思う。

 

希望の四月

四月、人は新たな出会いと舞台に希望を抱き、活発になる。

桜も咲き乱れ、寒い冬が完全に終わろうとしているとき、本当に人は幸せになるのか。何もないものや、失ったものにとって四月は不幸への始まりとなる。

暖かくなり明るく公園を散歩したり、新しい友達と和気あいあいとしている姿をしり目に、孤独と失敗を重ねた人、もしくはしがらみにもまれ疲弊した人は幸福感という魔物に飲み込まれ、五月病を患う。

私もこのころになるとものすごく嫌な気持ちになる。形式ばった行事に流されるように形だけの人間関係を築き、さぞ自分が幸せかのようにに見せかける人々が嫌いだ。そんな人々の心の内側を見ると、余計に世の中に対する不満が募る。

今まではこの不満をため込むだけだったが、これからはこのネガティブな気持ちをエネルギーに変えて徹底的にやり通すことが短い期間での課題だ。

そうすれば、自己追及と情報発信を行うための自由な時間をまずは手に入れることが出来る。