前向きの憂鬱

京都在住。ふとした激動を大事に。観光シーズンには観光地の紹介もします。

天才と凡人、そして人付き合い

世の中とんでもない才能を持った人が少なからずいます。しかし、すべての人が才能を認められるわけではありません。中には世に才能が出ずにその生涯を閉じるものもいます。その代表といえば、稀代の天才画家といわれるゴッホです。彼は生前は全く評価されず、彼の死後に絵が評価されたそうです。このように才能があれど、正当に評価されないことが現在の世の中ではほとんどです。

結局人とのつながりが大事ということ

天才は孤独という話を聞いたことがあるかもしれません。あれは考え方や価値観が周りを合わないための孤独です。実は天才も人とのつながりを持って成功している人がほとんどです。しかし、凡人と呼ばれる人と違うのは、天才はその分野で他人を魅了するものを持っているため、人を引き付け、自然とそこに人間関係が生まれるのです。天才も一人で成功しているのではありません。

天才は全体の1パーセントといわれています。つまり残りの99%の凡人は一人で何かをしようとしても、限られるものがあります。例えば、仕事で営業成績が今まで伸びていたのに突然伸び悩み、伸ばし方を調べてみても分からない、、そんなときほとんどの人は同僚や上司に相談し、他人から「盗む」という作業をしてヒントを得ます。つまり、実際の人との付き合いが自分の能力の底上げに大きく関係してくるのです。

ほとんどの人は中身のない愚かな付き合いをする

凡人の中にもただ集団でいることに安心感を覚えるだけの無駄な付き合いをする人たちがいます。大人数でいればそれだけで自分が人とのつながりを手に入れていると勘違いしている人です。私は大勢の飲み会が大嫌いです。あれほどの大人数の飲み会で、個人の内面を探るのはほぼ不可能です。ですから私は飲みに誘われても4人までという条件で飲んでいました。ただでさえ才能がないのに、周りの空気に溶け込むだけで思考停止している人は年を取るにつれて苦しくなっていくことは間違いないでしょう。頭のパワーががなくなっていくのですから。

人との出会いは正直運要素が強い

親友と出会うなどといいますが親友は、知能、性格、好み、生活感、物の価値すべてが合う人のことを言います。これで考えると親友と出会う確率などゼロに等しいです。また、気の合う人など自分がなんとなく出判断するのはかなり難しいです。

しかし、親友もしくは気が合う人を探す感覚を鍛えることこそが中身の濃い付き合いとなると思います。それは他人の複雑な感情をかいくぐり、この人の本質を見抜くことが出来るということです。この本質を見抜く能力こそ、他人との関係を調整し、中身のある付き合いをすることが出来ると私は考えています。また、これは自分自身の能力の底上げになります。人間を考えるということは、ほかのことでも応用が利くようになるからです。

我々凡人が成長するためには中身の薄い付き合いをしてはいけない。そのためには他人の揺るがない根本部分を見抜く練習をすること。またそのためには、できるだけ一人を集中的にみるということです。

 

 

 

 

猪年の護王神社に参拝しました

今年は猪年です。皆さんはその年の神様が祭られている神社に参拝したことがありますか?私はありません。

そんなことはさておき今回紹介するのは京都でも比較的マイナーな護王神社です。今年は過去最大の参拝客で初詣をにぎわせ、京都新聞にも載りました。その理由としては、ここに祀られている神様が猪の神様であることが理由です。

鳥居をくぐると早速猪年を強調した大きな絵馬が仰々しく飾られていました。この絵馬は烏丸通りの歩道から見ることが出来るのでものすごいインパクトを与えてくれました。

その昔、和気清麻呂道鏡の策略にかかり九州に流罪になった際、道鏡に刺客が次々を襲い掛かりましたが、300頭もの猪が突然現れ、清麻呂を九州まで守り続けたそうです。また清麻呂道鏡に足の腱を切られ後遺症を負ってしまうのですが、この猪の一軒があってから不思議と後遺症が嘘のように治ったそうです。この清麻呂公が祭られているのがこの護王神社であり、足腰の健康を守る神様として現在も親しまれています。それはだた下半身が弱らないための効能ではなく、スポーツや登山などでも、けがから身を守ってくがさるとか。猪年だからということもありますが、やはり参拝客がの大半は足腰の弱い高齢者が占めているため、必然的に参拝客がおおくなっているようにみうけられました。ちなみに三箇日は二時間待ちで参拝客の行列ができていたとか。並んでいる最中に足腰が弱りそうです(笑)

今はかなり人がすいてきていますので、機会があればぜひお越しください。

 

 

こんな観光客は嫌だ!~京都の観光地にいるマナーがなっていない客たち~

 観光地には少なからずマナーが悪い人がいます。マナーといってもその悪さが目立つ客から目立たない客様々です。今回は私が感じたマナーが悪い客たちを抽出して紹介していきたいと思います。

 

マナーが悪い観光客たち

1、道を開けないい人たち

寺院などは展示物のそばの通路が基本的に狭く、人が流動的に流れないと人が通れないことが多いです。しかし、中にはわざわざ人が多い狭い場所で自分が拝観する場所を確保しようとする輩がいます。おかげで周りの人たちが進みずらくなるなり、余計なストレスをためかねません。周りのことも気にしてほしいものです。

 

2、公共物で遊ぶ人たち

これは私が奈良の東大寺に行った時のお話です。東大寺の本殿の東側には柱くぐりという有名なご利益スポットがあります。そこにたくさんの中国人観光客がたかっていました。彼らは柱くぐりの周りを独占し、同じ人が何回も柱をくぐってはその場で大はしゃぎをしていたため、他の観光客が利用できない状況でした。自分たちだけではなく、他人も利用するものですからもう少し譲り合いの精神をもって行動してほしいものです。

 

3、自分の持ち場を確保しようと知る人たち

これは南禅寺の天授庵、紅葉スポットでのことです。特に老人に多いのですが、座る場所を確保すると、その場所に何時間も居座る人たちです。本来なら人の入れ替わりが激しい場所では、席の確保は少しの間にしておくべきです。老人の方は足腰が柔いのはわかりますが、明らかに元気そうな方も我が物顔で座っているのは全く持って同意できません。

4、自撮り棒で妨害する人たち

最近youtuberがよく使っている自撮り棒、便利ですよね。これがあれば写真撮影や動画撮影をしやすくなり、集合写真インカメラでとることが出来ます。しかし、素直に言ってこれは邪魔です。紅葉の写真をカメラで撮ろうとすると、自撮り棒が邪魔してくることはかなりあります。また普通に見ていても自撮り棒のせいで景観が台無しになります。個人としてはとても便利なアイテムかもしれませんが、周りにとってはただの妨害アイテムなので本当にやめてほしい限りです。

 

5、もみじの葉や桜の花びらをちぎって捨てる人

最初これを見たときびっくりしました。押し花にするのかなと思いきや、ちぎった花をそのまま地面に捨てている若者を目撃したことがあります。桜や紅葉は期間が限られているため、非常に貴重なものです。貴重な観光資源を無駄にしないでいただきたいものです。

 

迷惑行為は本当にやめていただきたい

観光地は公共の場所であり、私有地ではありません。それなのにまるで自分のルールが通用するかのようなふるまいをする人は、単純におつむが弱いか、クズ人間かのどちらかだと思っています。共有スペースは万人に気持ちよく使ってもらうように配慮しないと、すべての観光客の気分を害すると思います。

京都に住むと毎日が観光

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京都タワー、寺社仏閣の、陰埋もれ、、、どうもgorihisaです。

本当に京都って観光地が多いですよね。皆さんは京都に来たらまずどこに行きたいですか?清水寺、嵐山、そして伏見稲荷etc、、、。うるせえどこに行っても京都なんて体感できるんじゃあ!!!

まあおそらく京都に観光に来て楽しくなかったなんて言うことはないでしょう。どこに行っても広いの境内に素晴らしい景観、そしておいしい食べ物を食べて観光満喫なんて考えるでしょう。まったく羨ましい限りですよ!私は京都に四年間住んでいると有名スポットなんて大体一回は必ず行ってしまうし、友達といっても「ここ前に来たことあるなあ」なんて周りが楽しくしている中一人でそんなこと考えている次第ですよ。

京都に住むと他県の観光スポットが大したことないように見えてしまう

もちろん他県には素晴らしい観光地はたくさんあります。紅葉だって長野や富山の内陸部にいけば峡谷などの絶景を拝むことができます。

しかし京都にすんでいると毎年のように紅葉の季節になると紅葉が素晴らしい色を奏で、春になると美しい桜が咲見だれ、それ以上に1100年もの歴史の積み重ねが、京都と言う町自体を観光スポットにしていることで、スケールの大きさでは負けても観光地としての歴史の重みがその場所にしかないため、どうしても感動し続けることができなくなってしまいます。


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それは神社や寺になるとなおのことです。京都にはそれぞれの地域に平安、そして鎌倉時代から存在する由緒ある場所が存在しており、どこよりもその数が圧倒的です。そのため、他県の寺社仏閣に行っても全く観光した気分にならないのです。

例えば、島根の出雲大社は観光地としてかなりの地位を築いていますが、敷地面積は下鴨神社よりも少し大きいくらいで周りには目立った観光地がありません。下鴨神社のそばには鴨川の落ち着く景観があり、さらに南西には京都御所があります。これらの立地の関係で下鴨神社には観光のバリエーションでは到底及ばないです。私が京都以外の神社で満足できる場所と言えば、伊勢神宮厳島神社だけだと思っています。伊勢神宮は外宮と内宮に別れる広大な敷地が神域となっているため、回るのに1日かかります。厳島神社は島自体が観光地として成立しているため、こちらもかなりの時間を観光に使えるからです。

京都は細かいところが目立たない

先ほど京都に飽きたようなことを書きましたが、それは有名な観光地に行きすぎた故です。京都には小さい寺や神社を数えると2500もの寺社が存在します。全国で一番多いのは実は京都ではありませんが、なの知れた歴史あるゆかりの地が余りにも多すぎるせいで隠れてしまうのです。京都を全部観光しようとするとおそらく数年はかかると思います。京都と言う観光地はそれほど奥が深くて底なしなのです。

 

 

 

 

西宮の廣田神社~拝殿は伊勢神宮のもらいもの~

 

兵庫県西宮北口から徒歩30分ぐらいのところに廣田神社はあります。しかし、周りが結構な田舎で参拝客が少ないことに驚きました。面構えはとても立派であり、その格式の高さを強調しています。

 廣田神社の歴史は古く、日本書紀では神功皇后が武庫の地廣田に天照大神荒御魂を祀り、皇后は無事に公開することが出来たという逸話が残されており、厄除けの神様として現在は親しまれています。

平安時代にはこの廣田神社が別名「西宮」と呼ばれるようになり、ここら一帯をそう呼んだそうで理由はわかりませんが、神社の名前がそのまま現在も地名となっていることから廣田神社の格式の高さがうかがえます。

拝殿は度重なる災害で再建を繰り返し、最近では1995年の阪神淡路大震災で拝殿が倒壊した際、伊勢神宮の内宮の社をそのままもらい受けています。その佇まいは名古屋市内にある熱田神宮とも重なることろがあり、非常に神秘的です。

実は本殿に祭られている天照大神荒御魂というのは瀬織津姫と同じ神様といわれています。瀬織津姫伊勢神宮の奥にある別宮・荒祭宮にまつられている神様で、別宮の中で

も唯一内宮神域にあります。実は瀬織津姫は水の神様であり、その別名が貴船神社の高龗神、そして廣田神社の荒御魂と呼ばれているのです。これはそのまま瀬織津姫としてまつると伊勢神宮との差別化をすることが出来ないのであえてこのような呼び名にしているのだそうです。

今回の廣田神社は非常にパワーが感じられ、非常に気品あふれる境内でした。また春になると二万本を超えるつつじが咲き乱れ、絶景を生むそうです。皆さんもぜひ行ってみてはいかがでしょうか。

独り言になりますがこんなにも由緒ある場所でも、地理の悪さでここまでも人が少なくなってしまうことをとても残念に思います。西宮神社中山寺もいいですが、本当の意味での初詣は、実際に何か見えないものを感じられるような体感をする場所に私は行くべきだと思います。

都会の初詣in神戸

 

神戸市、現在の人口は153万と六番目に多く、関西でも屈指の商業都市です。人柄としてはノリがよく、気さくな人が多いそしてブランド物が好きな印象を受けます。

そんな神戸市にには二つの大きな神社があります。一つ目が高速神戸駅近くにある湊川神社。多聞通という大通りに面している神社で写真の大きな山門が目印で楠木正成を祀ってあります。ちなみに多聞通というのは楠木正成が自らを毘沙門天と名乗っていたことからなずけられたそうです。

 はい出ました初詣特有の人の山。神戸の町中にある神社なので参拝客が大量に押し寄せてきます。しかも私が住んでいる京都の人たちは争いごとを避ける性質があるため、お互いに譲り合いますがここは我先にと割り込む人たちがまあ多いこと・・・非常にストレスがたまりました。

両脇にはおなじみの屋台が経っており、大量の通行人が真ん中に固められ、歩くスピードが極端に遅くなります。神社の雰囲気自体はよくある町中の神社で趣がありましたのでそれなりに楽しむことが出来ました。にしてもこんなに人が行き来している中で食べ物を買うなど、心が休まらないと思うのですが・・・

本殿につきました。人が多いといっても幅が大きいため、すぐに参拝することが出来ました。本殿は1995年の阪神淡路大震災によって倒壊し、現在は耐震のためにコンクリートで再建されているため、趣はあまり感じられませんでした。しかし、これでも由緒ある神社であることは境内を見ればすぐにわかりました。

 

 

 

 

二つ目は神戸の中心地、三宮にる生田神社です。正直覚悟はしていましたが、ただでさえ狭い参道を両脇の屋台が幅を狭めているため、まったく人が前に進みません。ストレスがたまりながらもなんとか進み、大きな広告とともに鳥居が見えてきました。

 

鳥居をくぐると大きな山門が見え、大きな太鼓と鐘の音が正月を感じさせてくれました。

 

正月になると生田神社では山門の二層部分で太鼓と鐘を鳴らすのが通例行事となっているそうです。まさに縁起物ですね。

拝殿は湊川神社と同じく阪神淡路大震災後に建てられた新しいものです。拝殿には屋根が取り付けられており、京都の平安神宮と同じような形式となっています。参拝すると横に人が流れる仕組みになっているため比較的お参りしやすかったです。

 

拝殿の奥にある生田の森に入ると人がいなくなり、ゆっくりと時が流れていきました。人混みがつかれるという方は休憩がてら訪れるのがいいと思います。

 

まあしかし初詣は本当に人が多いです。私としてはわざわざこんなに人口密度の高い場所にまで来てお参りする必要はないと思うのですが目の寄るところへ玉も寄るということでしょうか、、、集団心理というものは恐ろしいものです。でも終わりよければすべてよし!ということで気分良く終わればいいのではないでしょうか。来年はもっと人が多いところに行ってみようと思います。(人のいない時間帯に)

金運の神社・御金神社に行ってきた~お金に目のくらんだ初詣

 

御金神社(みかねじんじゃ)。金運の神様が祭られており、この黄金の鳥居が目印です。資産運用や競馬競輪の成功祈願、そして宝くじが当たる絵馬などが有名です。夕方までに北野天満宮の初詣を追わらせて家路につくつもりでしたが、突如とこの神社のことを思い出し、即決で向かうことにしました。

目的地のすぐそばまで来ましたが、目の前には大量の行列と二人の警備員が交通誘導しをていました。ものすごく嫌な予感がしましたが、その予感はすぐに現実となりました。

「ただいま一時間半待ちでーーーす!」

・・・・・・ふざけんなよおおおおおおおお!みんな金欲しさに欲がくらんだんだろうがよおおおおおおお!金なんかよりも大事なことがあるだろおおおお!ほかのところにいけよおおお!!!

ですがせっかくここまで来たのですから引き返すなんてもってのほかです。私は道端に100円が落ちているだけで大はしゃぎするほどお金が大好きなのでもちろん1時間半待ちます。

まあこの程度余裕のよっちゃんかなああああ!!!!

 一時間後、鳥居が見えたころにはイライラがピークに達していました。今思えば30分の列でさえ我慢できない私が、余裕のよっちゃんといったことは撤回します、が、待つことが苦手な私が一時間も待てたことは褒めてほしいものです。(金運の加護を受けるという目的達成のためです。)

にしても金を強調しすぎた鳥居です。この鳥居にどれくらいの人が吸い寄せられていくのでしょうか?

鳥居からでも本堂が見えるくらいの境内です。本堂の鐘はジャラジャラとならないもので、神社でお参りをするという風情はあまり感じられませんでした。しかし、境内自体はほかの神社とあまり雰囲気は変わらず、神様も金山彦命(かなやまひこのみこと)という正式な神様を祭ってあるため、神社としても格式はあることが見受けられました。

パワースポットとして有名なことは、きちんとした神様が祭られていることの裏付けでした。そのほかにも通貨だけでなく、金属などのことも該当し、建築や溶接などの仕事でも効能があるだとか・・・

烏丸御池通を進み西洞院を北に入るとすぐに見えます。一度行ってみるといいかもしれません。その金色の鳥居が人を吸い寄せるようにあなたもお参りしてお金に吸い寄せられるようになってください!!