前向きの憂鬱

京都在住。ふとした激動を大事に。観光シーズンには観光地の紹介もします。

ストレスのたまらない立場

ちょうどいい立場というのが存在する。それは自分にとってストレスがたまらず、ある程度必要とされる立場である。アルバイトをやっているとちょうどいいの正体とは余力であることに気づいた。余力とは本気を出さずに自分の可能性を知らしめることである。

アルバイトをしているといいように使われず、それでもやるべきことだけきちんと終えて帰っていく器用な人間がいる。だが、それは生まれつきのものではなく自分で懸命に計算をして、本当はここまでできるという限界を周りに気づかれずに伸ばしながら普段の能力で仕事をするということである。例えば一時間で終えなければならない業務があったとして、本来は今までの気づきの積み重ねで三十分で終えられるのだが、少し余力を残すことで周りに気を遣うことが出来る。ここで少しの気遣いを入れることで他人の評価が上がり、まずシフトを削られることはない。さらに決められた業務にほんの少しだけの+αすることでちょうどいい地位と確立することが出来る。

 完全なちょうどいい地位を確立した時には、アルバイトの中で本来はかなりの実力を持つ人間になっている。しかしそれを隠し持つことでまあまあ仕事ができ、まだ何かできそう感を自然と漂わせることが出来る。なぜならこの状態になると精神面でも落ち着きが生まれ、なぞの安心感を相手に与えるからだ。能のあるタカは爪を隠すことで余計なストレスとは無縁になるのである。

バイトをやめたその3

ラブホテルのバイトをしてよかったことは自分がどういう人間か把握できたことである。リーダー格であったYさんは感受性が強く、人一倍他人に敏感である。彼女とみていると僕と重なる部分が多かった。内向的で感情の起伏が激しく、慎重で心はなかなか開かない。始めはとっつきにくいが徐々に分かり合える中になると僕は確信している。

内向型とは付き合っててっつまらないという人が外交的な人の意見として多い。しかし僕にとって、彼女らは掘っても掘っても出てくる宝石のありかである。こちらが新しく相手を発掘しても相手はどんどん宝石を作り出し、土に埋めて貯蔵している。だからこそ、人と深く付き合うことを好む僕にとっては彼女らは魅力的に見える。

このバイトで、こんな僕なんかとお話ししてくれたDOさん、YOさん、SUさん、TAさん、Iさんには本当に感謝している。本当にいい人たちの集まりだった。また会えるならお話ししたい。

バイトをやめたその2

 Dさんは私とほぼ同じ時期に入ったが、当時のメンバーと年が近いこともあり、すぐに仲良くなったようだ。そうすると様々なタレコミがあったようでDさんが辞める日に私にそれらをすべて話してくれた。

 私が働く2~三年前、当時は別会社でありお互いのチームワークや話し合いでやり方を決めていたようだ。まずシフトはバイトリーダーであるYさんが作っていたようで、そのほかにもきれいな部屋をチェックする人にはもっとちゃんとした人がいたようで、その時はもっとベットメイク技術が発達していたようだ。

 しかし、一年前にTさんがバイトとして入り、半年前に社員としてホテルの管理を任された。そしてここからから歯車はくるっていった。それまでバイトやパートの中でお互いの役割を理解し、協調しあってきたことで成立していた業務はTさんの独壇場によりすべてが崩壊していった。シフトの管理はすべてTさんに任され、一か月ごとに組まれるようになったが、彼は面倒な話し合いを極端に嫌がるため、希望のシフトを平気で削ったり、希望日じゃない日にシフトを入れたりする。さらに業務のことについて改善点を進言しても全く聞いていない。しかし極めつけはDさんが希望していた15~20時ではなく、10~15時で入れられていたことだ。面接のときは朝の時間帯で練習してから15~20時の忙しい時間帯に入れるという話だったらしいが、ベテランのFさん(男)に聞いたところ同じ時間帯に入って練習したほうが早いから進言したほうがいいということがったらしい。しかし、Tさんはその進言を無視して勝手に朝の時間帯にシフトを入れていた。

 極端に話し合いを嫌うTさんは、自分で無能の管理職であるということになぜ気づかないのか?簡単に推測が付く。自分の能力の低さを認めきれずにすべてをyesマンでかたずけてしまうところだ。話をして思った、あの人は頭が回ってない。かといって注意深く見ることもないし熟考することもない。人も見ず業務もちゃんと行わず管理もせず、職務の怠慢という言葉を体現した人である。確かにTさんが言ったようにバイトは宝である。だがそれは一人一人目をこらして観察し、そのうえで全体の流れを見て彼女らとも話し合うことで信頼関係を築き上げることで初めて機能することばである。無能な管理職に宝などという言葉は使ってほしくない。自分の能力の低さを、このようなみっともない行為で守った結果、本当に有能な人はみんなやめて行ってしまった。宝石がなくなった宝箱に興味などもてるはずがない。

 これからは世間知らずの大学生や、お人よしをコマのようにしてレベルの低い運営をしていくのであろう。私は原石を使いつぶす浪費家の執事になるつもりはない。

万物がすべて

世の中にはすべて万物の原理でできている。

 

成功者はこの万物の流れの源にいる。それは循環の中で雨となり上流の清水に還元される。 源はいつでもきれいである。そしてそれを作るものは、いわゆる天才である。天才が流した源が秀才によって飲みやすいように加工され再び流される。そして凡人はそれを拾い消費して下流に流し、また万物は天才の動力源となる。

絶望の仕組みである。いまどうやってこの上流に這い上がるかを模索している。

バイトをやめた

 四月、私はラブホテルの清掃を始めた。そこの人たちはお互いが思いやり、助け合い、みんなが人のことを見ていた。面接を済ませ、初めてのバイト。思ったほど難しくもなく、適当に流してもある程度のことはできる。始めは天職だと思っていた。

 しかし、一つだけ気がかりなことがあった。それは社員のTさんと会話したところである。これは一部だが、

「君に関しては何も心配していない。アルバイトは宝からだと思っているし能力の高い君を失うのは惜しい。だからやめるのだけはやめてくれ。」

「もう一つのバイトも辞めればここのシフトを確保するし、できればやめてもらうことも考慮してほしい。」

最初は自分の立場が保証されていると思っていた。しかし自分のことをそれなりにも評価してくれていると感じると同時にその会話には表面的なものしか感じず、違和感を覚えた。

仕事に順応し始めた5月、バイト内で何かがおかしいと違和感を覚え始めた。それは明らかにTさんがメイキングの人たち(自分よりも年上)と会話していないことであった。業務の会話はきちんと行っているが、肝心のシフトの会話や根本的な人としての会話が行われていない。シフトを見ても勝手に希望日以外のシフトを入れたり、一方的に指示を出したり、何かから逃げているようなそぶりを見せていた。そして五月の後半ごろ、Yさんが「ビジネスホテルでバイトを始めたからシフトを減らす。」といったことにも違和感を覚え、Tさんと何らかの関連性があると思った。

 そして六月、Tさんからよびだしをくらい、「シフトを増やせないか?」といってきた。この時誰が辞めるのかを聞いたが、その名前にはYさんをはじめ三人も上がっていた。違和感はどんどんと濃くなっていく一方である。そして僕はこのころ、年上の同じ時期に入ったDさんと仲良くなった。Dさんは僕に心を開いてくれたため、徐々に態度が僕の違和感と同じものになっていた。「この人はいつかやめる。」と直感で思った。

そして七月、人がどんどんとやめていく中で僕はDさんから様々な話を聞いた。その話ですべての点が線になってつながったと同時に、絶望と憎悪が沸き上がり、この職場に未来はないと思った。

 

 

運命について

暑い暑い季節に突入しつつある京都。碧が目立ち、人々も半袖になりつつある。

最近思うことは運命とは決まっているものなのかということである。他の様々なブログを読んでみて、やれ運命は90%は決まっているとか思想一つで崩せるとかさ精神論じみたことしか書かれてない。

よく考えれば、運命を科学しようということも現状難しい。今のところ、運命はスピリチュアルな非科学として位置づけるしかないのである。

小学校はあまりよくない過程をたどった。人に暴力をふるい、その反動で仲間外れを受けた。しかし最後の小学六年生でいい先生と出会い、楽しい学校生活を送ることだ出来た。

中学生は成績が悪く志望校合格にほど遠かったが、母の勧めで通った塾のおかげで成績が上がり、志望校に合格する子が出来た。

高校生の時も学力的には全くだったの日も関わらず、なぜか指定校をもらうことが出来た。

運命で考えると、自分の人生はかなりイレギュラーであり最終的には最高の結果になっている。しかし、それはすべて自分で切り開いた道ではない。

大学も卒業し、これからは自分で道を切り開いていくしかない。一見不安に見えるが見えないものに自分から触れていく訓練をすればいいだけである。あと何年かかろうが知ったことじゃない。私は自分の道を切り開いていく。

六月四日 

ゴミみたいな人間関係を続けてバイトをしたいと思わないこのころ。

億万長者を夢見て時間という自由を確保するためにフリーターになった。しかし、時間の自由があっても、その時間を人間関係に悩むことに使ってしまうことが多い。しかし、まだ考えられる分ましである。会社員になったらただの人形と化してしまい、人間として終わってしまうことは確かである。

確かに会社員として働く方が世の中いろんな人間関係を学び、人として成長できる・・・・。こんなことを言うのはよくないが、私はどこか他人と違うと常に感じてきた。これは自慢でもなんでもなく常に違和感を感じ、周りからも少し敬遠されてきた自分の経験である。言いたいことが伝わらずに馬鹿にされたこともあった。最初から結論が見えてるのに、それについて議論するばかばかしさもどこかで覚えることもあれば、過程が分からず、話についていけないこともあった。小学校の時から感じていた違和感は高校生になって思考回路の違いとして具体化された。この思考回路の違いは一生ついて回るものだと思う。

だからこそ今までやってきた人間関係の調整ははっきり言って無駄なものであるとまではいかないが、自分を成長させてくれるものではない。先日とある方の助言を受けたが、それももって半年が限度だろう。自分を殺さずに一人で道を切り開いていく難しさは計り知れない。でもまだ自分のことを気にかけてくれる理解者が数名いるだけでもそこが帰れる場所であると考えると、幾分幸せかもしれない。助けてくれとは言わないが、見守っていてほしい。